2012年 03月 13日
やまのべ散策
予約投稿です。

井寺池下の桃畑にある梅は紅梅だけ咲きました。
来週くらいが撮りごろかな~。






遠く金剛山は白い雪を被っている。
少しづつ春はやってきているが、また真冬に逆もどり。
しかし日差しは強くて高い太陽と、長くなった日中が草木の芽吹きを促す。
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12日の深夜。
二月堂下の閼伽井屋からご香水が汲みとられ十一面観音にお供えされる。
いわゆる「お水取り」である。
修二会のクライマックス。
いよいよ二月堂での本行もあとわずか。

練行衆の祈りは深夜まで続く。



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3月9日 修二会(お水取り) 4 で投稿した、この松明の野村の名前。
この童子さんは、なんと今年で50年目だそうだ。


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最後に登場する、この童子さんです。
それにしても50年とはすごい!




 修二会  さだまさし


さだまさしさんは十津川村観光大使もなさっています。
その経緯はご存じの方も多いでしょう。

えっ! 知らない・・・?
では、またの機会に書きます。

by rato-yamato | 2012-03-13 00:00 | Trackback | Comments(2)
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Commented by まつけん at 2012-03-13 16:21 x
さだまさしが十津川村の観光大使をしているとは知りませんでした、
その理由教えてください。又さだまさしの修二会という歌、初めて聞きました。
Commented by rato-yamato at 2012-03-13 21:49
まつけんさん
以前に聞いた話で全てが正解かどうかわかりませんが・・・
話は1889年(明治22年)8月にさかのぼります。

大水害に襲われた十津川村は壊滅的な被害を受け村民の多くは北海道へ移住し新十津川町をつくりました。
その時、神戸から北海道へ渡ったのだそうです。
そこで十津川村民は神戸の人たちに大変お世話になったそうです。

時は流れて阪神大震災が起きます。

さだまさしは家を失い住むところがない子供達のための施設を造る発案をします。
それを聞いた十津川村民は神戸の為ならと村の木材を無償で提供したのです。

100年以上も前に受けた恩恵を忘れずに恩返しする十津川郷士に心打たれた、さだまさしが
十津川村観光大使になったというお話です。


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