2015年 12月 05日
2003年の思い出
木村公宣という男をご存知でしょうか。


う~ん、たぶん どなたも知らないでしょうね・・・
アルペンスキーの日本のエースでした。

詳しく書くとキリがないので割愛しますけど。
ワールドカップランキング上位15名に与えられる第1シード入りを果たした数少ない日本人選手のひとりです。
その彼が日本のレースで引退試合をするというので応援に行ってきた。

2003年の志賀高原焼額ゲレンデ。

数日間、降り続く雪と3月とは思えない低い気温だった。




このクラスのレースのゲレンデは雪(Snow)ではなく氷(ice)です。
インジェクションで水を注入して雪を凍らせます。

なぜか?

数十人ものレーサーが滑ってもゲレンデが荒れるのを防ぐためです。
しかし、徐々にコースは荒れて削れて滑りにくくなる。
だからスタート順は早いほうが有利。

ゆえにランキング上位からのスタートとなる。
第一シードの15人からくじ引きで決めるのです。




言っておきますが・・・
一般のスキーヤーがこのコースを滑ると一回もターンできずに転倒するでしょう。

雪ではなく氷だから・・・





あ~、スキーに行きたいな~

だれか私をスキーに連れてって~








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by rato-yamato | 2015-12-05 22:30 | Trackback | Comments(2)
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Commented by narakuma at 2015-12-06 10:00 x
木村公宣選手
覚えています。近大の学生時代から活躍してましたね。
写真では既にショートスキーに替ってますが、
もう一昔前の長い板(岡部選手)時代、スキーにハマってました。
ステンマルクにあこがれてELANのメーターはいてたのが懐かしい。
Commented by rato-yamato at 2015-12-06 10:59
narakumaさん
インゲマルは別格でしたね。
あの頃は皆んな2位をねらうしかなかったです。
あとアルベルトトンバも強かった。
最近?ではへルマンマイヤーかな?
木村君はカービングの対応が遅れたので残念です。
チャンピオンになってもよかったのにな〜


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