2011年 03月 27日
F1と日本
モータースポーツに興味のない方はスルーしてください^^;





F1(Formula One World Championship)が今週からオーストラリアで開幕です。

当初の予定だったバーレーンGPが反政府運動の混乱で中止になり今週にずれ込んだ。

今年は各地で反政府の民主化運動で犠牲者がでている。

そして大きな自然災害。

こんな時こそ明るいニュースが欲しいものです。

遠く離れたオーストラリアで世界を転戦する唯一の日本人F1パイロット、小林可夢偉(こばやしかむい)の活躍に期待する。

私のF-1歴は1970年代後半から。

ジェームス・ハント(James Hunt)・ニキ・ラウダ(Niki Lauda)・マリオ・アンドレッティ(Mario Andretti)

そしてブラジルの英雄エマーソン・フィッティパルディ(Emerson Fittipaldi)たちが活躍した時代。

70年代に2回ほど富士SWでF1 in Japanが開催された。

その頃の富士SWは今とはレイアウトが大きく異なりブレーキを使うのは1コーナーとヘアピンだけかもしれないような高速サーキット。

76年の第1回では国産マシンKE007が予選で大活躍した。

京都の小島エンジニアリングが製作したマシンは高速の富士に合わせた設計で

金曜の予選でいきなり予選4番手のタイムを叩き出す。

ドライバーは長谷見昌弘。

しかし更なるタイムアップをねらい最終コーナーで大クラッシュ。

ほとんど全損事故だったがチームは、たった2日でモノコックから作り直して日曜の決勝に間に合わせた。

雨の決勝となったが急場しのぎでは真っ直ぐ走ることもままならず11位でフィニッシュ。

星野一義が、ごぼう抜きで一時3番手を走ったが交換するレインタイヤが無くなってリタイヤ。

興味深い日本で最初のF1レースだった。

一時期、休止していたHondaが80年代に復帰してからは各メディアが大きく取り上げたので記憶に新しいところ。

94年に事故死したアイルトン・セナ(Ayrton Senna)は誰もが知る名前だろう。

日本のF1人気はHondaと共にあると言っても過言ではない。

そして今週のメルボルンでは各チームが日本への応援メッセージを車体やヘルメットに書いた。

心温まるメッセージも寄せてくれた。

前述の小林可夢偉は少しでも良いレースで日本に明るいニュースをと予選では9番手にくい込んでみせた。

今日の決勝が楽しみだ。





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とりとめのない話題で・・・どうもスミマセンm(__)m

by rato-yamato | 2011-03-27 11:29 | Trackback | Comments(0)
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